黒の花嫁
馬面だとよく言われる。
そればかりか、「この馬め」と暴言を投げつけられることだってある。
出るのはため息ばかり。
ここに宣言しておく。俺は人間だ。
チェスという狭い大陸で、白の国を守る騎士をしている。
仕事柄、確かに馬には乗っている。だが、誰がどう考えてもメインは騎士、人間の方だろう。なぜ俺の造形は馬なのか。全く、理解に苦しむ。
おや、また一つ戦いが終わったようだ。
ただ最近は、白と黒どちらが勝とうと、どうでもよくなってしまった。たまに、白の王が倒されてしまうこともある。しかし、興味すら湧かない。
戦いの間、ずっとイライラしていた。
俺は、自分が馬ではなく、強くて勇敢な人間の男であるということをどうしたら広く知らしめられるのか、そればかり考えていた。
「お兄ちゃん、馬ばっかり使ってずるい!」
敵である黒の国を動かしていた巨人が叫んだ。あちらの巨人は、長い髪に花の飾りをつけている。
「へへーんだ。負けたほうが片付けだからな。ちなみにそれ、馬の顔をしてるけどナイトって名前だから。馬の顔した騎士。ハハ、気持ちわりい」
我らが白の国を動かしていた巨人は、そう言い捨てて走り去った。
なんだ、無礼者め。次に会ったら、足の下へ入りこんでゴリッとなってやるぞ。
残された方の巨人は、俺をじっとにらみつけた。
「あなた、馬じゃなかったの?」
しつこいな。俺は人間だ。
「男の人だったんだね。ふーん。じゃあ、きれいなお姫様と結婚したらいいよ。そうだ、待ってて!」
何をするつもりだ?
巨人は、俺のいるチェス大陸のそばへ四角い積み木を一つ置いた。小さな新大陸の誕生だ。
「はい、それで、これがお姫様ね」
俺は、目を疑った。新大陸の上に置かれたのは、黒、つまり敵国の女王だった。
「確かこれって、お姫様だよね。あれ? 違ったっけ? まあいいや。あ、そろそろおやつの時間だ。お母さーん」
そうして、部屋には俺と黒の女王だけが残された。
俺は、彼女の横顔を眺めるともなく眺めた。
いやいやいや。
敵国の女王だぞ。
手を出そうだなんて、考えたこともない。
万が一、俺が間違いを犯せば、国どうしの戦争に発展するんじゃないだろうか。
いや、もう戦争は散々しているんだったっけ。
ううむ。
俺と敵の女王が結婚?
ううむ。
確かに、お相手は黒の国のトップに選ばれるほど、美しくて賢い。そして、対戦中の行動力ときたら、群を抜いている。なんせ、八方へ進めるのだから。
俺はもう一度、女王の横顔を盗み見た。
むむ!
黒い肌は彫刻のようにつややかで、気品があふれ出ている。それに、異国の雰囲気がなんともミステリアスではないか。許されぬ想い。禁忌の香り。
ああ、だめだ。
踊り始めた心を止められない。
その時、俺の中に眠っていた騎士の魂が燃え上がった。
女王をさらうのだ!
それこそが、人間の男の成し遂げるべき真の勝利。美しい彼女の手を取った瞬間、世界が鮮やかな光に包まれること、間違いなし。
そうと決まれば、一刻も早く黒の女王のもとへ急ごう。
男の名誉と幸せを勝ち取るために。
待っていてくださいね、俺の美しい人。
〈論理パズル〉
さあ、騎士を動かして女王をさらいにいきましょう。
〈騎士の動きのルール〉
騎士は、一手で☆の箇所のどこかへ飛ぶことができます。また、飛んだ箇所に敵の駒があれば取ることができます。
〈位置関係〉
騎士がいるチェス大陸と、黒の女王がいる積み木大陸の地図。
(注:大陸でないところと、点線の箇所は海です。騎士を進めることはできません)
〈問題〉
さて、騎士が女王を手に入れるのに最短で何手必要でしょうか?